高2の時は学年最下位だった私が、一浪で北海道大学に合格できた方法とは?(その2)

(写真は学生時代に住んでいた、北海道大学恵迪寮のフェイスブックから取ってきたものです。
無断ですみません…。これは2014年ころ撮影されたもので、私がいたころから20数年は経っていますが、
それでも雰囲気がまるで同じで、あまりに懐かしく思わず泣きそうになりました…。
あっ、私のころは男子寮でしたのでそこが違いますね)

当時、愛知県の高校入試は「群制度」と呼ばれるものでした。
これは、行きたい高校を選んで受験するのではなく、「群」を選んで受験するというものです。
一つの「群」には2つの高校が入っており、選んだ「群」に合格した場合、
入試の得点と内申点の合計の高い順から、均等にその2つの高校に振り分けられていくというシステムで、
学校間の学力差をなくそうという狙いでした。
だから生徒にとってどちらの高校に行くかは、完全に運次第だったのです。

今も「群」という言葉は愛知県入試で使われていますが、これは同じ群から第一志望と第二志望を
選んでくださいねというもので、当時の意味合いとは全く異なります。

中村高校は、当時、名古屋5群で名古屋西高校と、名古屋6群で明和高校と同じ群に組まれていて、
5群合格者と6群合格者からそれぞれ半分ずつの生徒が集まる高校だったのです。
そして学力は、6群の明和高校に引っ張られ非常に優秀な高校でした。
(ちなみに、私は6群ではなく5群で受験し中村高校に入学した組です。)

という訳で、当時普通科の高校を受験する場合は、「群」を受験するというシステムのおかげで、
近くの行きたい高校ではなく、自転車で30分以上かかる遠くの高校に行くしかなかった生徒が大勢いたのです。

その3に続く